株を始めたら1週間でー20%になった

はじまり

 

2018年の1月の終わりごろ、人生で初めて株を買いました。

 

株を始めてみようとは前々から思っていたのですが、なかなか決心がつかなくて、やっと始める気になったのがこの時期でした。

 

ちょうどその頃は仮想通貨バブルが起きていて、世間は仮想通貨が気になって仕方ないというような雰囲気でした。

 

いつまで上がるのか。

どこまで上がるのか。

いつ下がるのか。

今から買っても儲かるのか。

どうやって買えばいいのか。

 

私も仮想通貨に興味を持っていたので、いくつかのサイトで口座を開設しました。ただ、仮想通貨は年末から下がり続けていたので結局買いませんでした。その代わりに株を買うことにしました。

 

 

株を買うまで

 

初めは何を買えばいいのかわからなかったので、とりあえずネットで株取引に必要な知識を勉強しました。

 

ファンダメンタル分析、テクニカル分析、いろいろな手法があるんだな~と気楽に学んでいました。株取引に関係するサイトは大量にあったので、知識や情報が少なくてわからないというよりも、情報がありすぎて取捨選択をどうすればいいのかわからないという心境でした。

 

ゴールデンクロスとか、トレンドラインとか、サイコロジカルラインとか、多すぎてよくわからない…。

 

どうやって活用すればいいんだ…どうやって計算すればいいんだ…何をどう見ればいいんだ…?

 

初めはチャートを見て、これは線が引けるのか引けないのかどうなんだ?とかやっていましたが、証券会社のチャートって、ログインすれば勝手に線を引いてくれるんですよね。それを知ったときは今までの苦労は何だったんだ…と思いました。

 

買いサインとか売りサインの銘柄をランキングで表示しているサイトや、出来高ランキングとか、空売りランキングとか、変動ランキングとか、、、便利なサイトは探せばいくらでもあるので、自分で計算する必要はまったくありませんでした。ほしいデータはネット上にだいたいあります。ただ、リアルタイムの変動を見ようとするとお金が必要だったりします。

 

最終的には、ツイッターで株をやっている人たちのつぶやきを参考にして、株を買いました。使えるお金があまりなかったので、安く買える株だけ(低位株)をいくつか買いました。

 

 

買った後

 

買った初日、いきなり5になりました。でも、株価は毎日変動するし、初日がダメでもなんとかなるだろうと、ポジティブに考えていました。

 

次の日もマイナスでした。その次の日もマイナスでした。しかし、とりあえずやってみなければわからないので、やりながら覚えていこうと思っていました。まだ初めたばかりだし、株価が多少下がっても勉強料のつもりで受け止めようと、のんきに構えていました。

 

しかしそのすぐ後、あることが起きました。

 

アメリカ発世界同時株安です。

 

25日、ダウ平均株価が過去最大の値下がり幅を記録しました。

 

ダウ平均株価は2月5日、1日の下げ幅としては過去最大の1175ドル下落。これを受けて東京株式市場でも、翌6日に1071円値下がりしました。

NHKニュース

 

この数日前から、なんか危ない気配があると、株をしているツイッタラーの方々が警告していましたが、よくわかっていませんでした。私が初日で―5%になったのも、この株安につながる一連の流れだったようでした。

 

26日、これ以上持っていても下がるだけだろうと判断して、20で持っている株をすべて売りました。初めて株を買ってから1週間の出来事でした。かなりへこみました。勉強料にしては高過ぎました。

 

さらにショックだったのが、翌日売った株すべてが値上がりしていました。株とはこういうものなのか、、、ということを思い知りました。洗礼を受けるとはまさにこういうことを言うのですね。。。

 

 

さいごに

 

一応それからも株を続けてみたのですが、しばらくの間利益がでず損失ばかりでした。。。利益を初めて出せたのはそれから2週間後でした。。。長かった。。。初めて利益を出せたときは、嬉しいというよりもホッとした気分でした。株で利益を出すことは不可能ではなかったんだ、と安堵しました。

 

今も株は続けていますが、-20%の損失は未だに取り返せていません。厳しい世界ですね。

 

皆さんは、株を買う時は世界経済の動きを把握してから買いましょう。経済の流れには勝てません。景気のいいときに買って売って、景気の悪いときには株を買わないようにしましょう。

 

 

1週間で―20%になった初心者からのアドバイスでした。

プールで歩く

憂鬱なときって何をすればいいのだろう。

 

だいたい何も手につかないし、ネットで動画をあさってみても感情が動かない。音楽を聴いてみてもテンションが上がらない。プールで歩いているみたいに、なかなか前に進まない。

 

私はかなづちなので、プールの時間はいつも泳がないで歩いていた。周りの同級生達が楽しそうに泳いでいる中、私はゆっくりと歩いていた。

 

水が怖くて、小学6年生になるまでプールにもぐることもできなかった。いつも先生が「プールに入ったらまず全身を水で濡らしましょう。プールにもぐりましょう。」と言っていた。私はできなかったので、同級生がプールにもぐるのを眺めていた。先生の合図で一斉にもぐるので、その瞬間だけ、プールから体をだしているのは私だけになる。私がもぐらなら叩かれているだろう。

 

そのあと順番に泳いでいくのだが、私は泳げないのでいつも歩いていた。1人だけ歩いていると、私の列だけ遅れてしまうので、私だけ少し横に外れて歩いていた。同級生が私の横を猛スピードで泳いでいく姿を眺めながら、1人で歩いていた。

 

泳ぐ時間が終わって自由時間が始まると、同級生達はプールで鬼ごっこを始める。泳ぎの速い人は全然捕まらないので鬼にならない。端のほうに追い込まれて、これでいよいよ捕まるぞ、と思った瞬間に理解できないような動きで逃げてしまう。私はそんな姿を眺めながら、邪魔にならないようにプールを歩いていた。

 

歩いているときは時間の流れがゆっくりだ。周りはせわしなく動いているのに、自分だけゆっくり歩いている。自分でゆっくりしようと決めているわけではないのに、どう頑張ってもゆっくりになる。プールでは速く歩けない。これは物理の法則なので、変えようがない。

 

 

 

自分では頑張っているつもりなのに、取り残されてしまう。自分だけできない。列から外される。速く進めない。置いてけぼり。

 

憂鬱な時間もそんなものだろう。ゆっくりしたいと思っていないのに、ゆっくりになってしまう。周りに追いつきたい追いかけたいと思っているのにできない。ああしたい、こうしたい、という感情とは裏腹に、行動に結びつかない。泳ぎたいのに泳げない。

 

 

 

でも、プールの時間は長くない。プールから上がってしまえば、いつもと同じように歩くことができる。周りと変わらないスピードで過ごすことができる。鬼ごっこも参加できるし、列から外れる必要もない。

 

プールで泳げるようになる必要なんてない。憂鬱な時間に無理をする必要はない。ゆっくり過ごせばいい。

 

焦らないでプールで歩こう。

 

好きなものを選ぶ

ツイッターもブログも書く内容は基本的に変わらない。自分の思ったことを書くだけだ。~の風に思ったとか、楽しかったとか、つらかったとか。でもTwitterとブログは明確に違うことがある。それは、時間の流れだ。

 

ブログはある程度まとまった文章を書くので、書くのも読むのも時間がかかる。対してツイッターは短文なので、書くのも早いし読むのも早い。ちなみに、何回かマストドンを使ったことがあるけど、ツイッターとは比べ物にならない速さだった。マストドンは早すぎた。何もかも。式にすると

 

速さ

ブログ < ツイッター < マストドン

 

 

となる。マストドンほどではないけれど、ツイッターもスピードが速い。だいたいのことは流れてしまって残らない。流してもいいことならかまわないけれど、残しておかなければいけないことってあると思う。特に、疲れていたりすると、自分が何を感じて何を考えているのかわからなくなってしまうことがある。

 

そういう疲れているときって、本当の自分の内面のことを表現できていたりするので、大事に残しておいて、あとから読み返す価値のあるものだと思う。

 

でも、ツイッターはさかのぼるのが難しい。そこで、ブログを使う。

 

速い流れからいったん身を引いて、落ち着ける場所へ移動する。

 

そこで、振り返る。

 

疲れている自分の内面と向き合って、記録に残す。

 

こうやってブログを書いていると、自分の気持ちと向き合うことができる。自分が何を考えているのか知ることができる。人といるとそうはいかない。

 

 

人といると自分が何を考えているのかわからなくなる。人の意見に左右されたり、人の行動が気になったり、何も考えられなくなったり。なんだかよくわからなくて、感情が無になる。

 

たまに、人のいるところで何かを選ばないといけないときがある。ご飯何食べる?とか、何飲む?とか、他の人にとってはたいしたことじゃないのかもしれないけど、私にとっては結構苦痛だ。勝手に選んでもらえればそれでいい。

 

よく選ぶのが面倒なので、自分の利き手から近いほうとか、上から3番目とか、自分が考えたりしなくてもよい決め方をする。そのほうが楽だから。

 

選ぶという行為はとても苦痛だ。たぶん、自分の感情を表現しなければいけないからだろう。

 

素直に感情を表現できればいいけど、人といると、自分が何を考えているのかわからなくなるので、どう表現していいかわからなくなる。

 

物を選ぶときは、できれば相手が選ばなかったものの中から決めたい。先に相手に決めてもらって、それから選びたい。そうすれば相手も困らないだろうし、自分も困らない。

 

 

 

「好きなものを選んでください」

 

この質問に出会わなくてすむ方法はないだろうか。

幻聴のはなし

はじめに

私は昔、幻聴が聞こえていたことがありました。(今でも時々聞こえますが、昔ほどひどくないです。)

幻聴というのは不思議なもので、幻聴だと気づかないと、永遠に現実の声だと思い続けます。夢を見ていて、夢だと気づかないと、夢から覚めるまで現実だと思い続けるのと同じです。私は幻聴と夢はとても似ていると思います。人によっては幻覚も見えるそうなので、本当に夢を見ているのと同じになりますね。

幻聴の内容は基本的に悪口です。喋りかけてくる相手は、知っている人の声だったり知らない人の声だったりまちまちです。喋りかけてくる人数もバラバラで、1人が喋りかけてくるパターンもあれば、集団で喋りかけてくるパターンもあります。

 

私が聞こえていた幻聴

私は一番多いときで5人の集団から喋りかけられました。その集団は常に私の行動を見ていて、「トレイに行こうとしてる」とか「ご飯食べてる」とか「シャワー浴びてる」とか、ことあるごとに私に喋りかけてきました。こんなこと常識で考えたらありえないのですが、その時の私はその声を不思議だとは思わず、ずっと行動を監視されていると思っていました。幻聴だと気づきませんでした。

喋りかけてくる声は、だいたいあざけわらうような声色でした。

「キャハハwwww」「クスクスwwww」「バーーーカwwww」

みたいな、子どもが子どもをバカにするような感じです。

私がテレビを見ていると、

「何してるのー???」

「何見てるのー???」

「なんで何も答えてくれないのー???」

とか、友達に話しかけるような感じで喋りかけてくることもありました。

私が頭の中で(声に出さずに)

「うるさい」

と言うと、

「あっ反応したwwww」

「やっぱ聞こえてるんだーwwww」

とか、頭の中で反論を考えるだけでも相手に伝わっていました。なので、声が聞こえていても何も反応しないようにしていました。頑張って、頭の中で何も考えないようにしていました。壁の1点を見つめ続けたりとか、テレビの映像に集中したりとか、とにかく何も考えないようにしていました。体を動かしても相手が反応するので、静止して体を動かさないようにしていたこともありました。

そんな生活で一番大変だったのが、パソコンでパスワードを入力するときでした。頭の中でパスワードを思い浮かべると相手に伝わってしまうので、パスワードを思い浮かべないようにしながらパスワードを入力していました。パスワードを指の動きに記憶させて、視覚の情報だけでパスワードを入力していました。(何を言っているのか意味不明かもしれませんが、当時の私は真剣にこう考えていました。頭の中で思い浮かべたことは相手に伝わるのですが、目で見ている情報は相手に伝わらないので、こういう手段をとっていました。)

声が聞こえる生活は、お化け屋敷で生活している気分でした。どこにいても声が聞こえるし、監視されているし、馬鹿にされるし、、、常に恐怖に襲われていました。とてもつらかったですが、どうすることもできず、ただ時間だけが過ぎていきました。

 

幻聴だと気づく

私が幻聴だと気づいたきっかけは、帰省でした。普段生活していた家(私がひきこもっていた家)から、実家へ帰ることになりました。私は、いつも喋りかけてくる人たちから逃げることができると思って、少し安堵していました。

しかし、声は追いかけてきました。まったく同じ声が、帰省した家にいても聞こえてきたのです。

これはさすがにおかしい、幻聴ではないかと思い、精神科へ行くことにしました。

 

おわりに

今も幻聴が喋りかけてきて、「しね」とか言ってくるのですが、昔よりは全然マシになりました。幻聴だと気づけて、精神科へ行くことができてよかったです。

ただ、いったいいつから幻聴が聞こえていたのか、未だによくわかっていません。あの声は幻聴だったのか?どうなんだ?みたいな声の記憶が、私の中に消化不良で残っています。

あのとき罵倒された声とか幻聴だったのかもしれませんが、そうだと言われてもあまり納得できないくらいリアルな声なので、もうよくわかりません、、、おそらく幻聴だったとは思うのですが、、、

幻聴はかなり無くなったのですが、今でも区別のつかない声があって、つらくなったりします。

まあそうなってしまったからには仕方がないので、受け入れるしかないんですけどね。

野菜と果物の摂取量の変化は、体重の変動にどう影響があるのか

元の論文

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26394033

Changes in Intake of Fruits and Vegetables and Weight Change in United States Men and Women Followed for Up to 24 Years: Analysis from Three Prospective Cohort Studies.

Bertoia ML, Mukamal KJ, Cahill LE, Hou T, Ludwig DS, Mozaffarian D, Willett WC, Hu FB, Rimm EB.

PLoS Med. 2015 Sep 22;12(9):e1001878. doi: 10.1371/journal.pmed.1001878. eCollection 2015 Sep.

 

 

アメリカ人男性と女性の果物と野菜の摂取量と体重変化の関係を24年調べた:3つのコホート研究による分析

 

背景

現在の食事のガイドラインは、様々な果物と野菜を摂取することを勧めています。しかし、栄養成分に基づけば、ある特定の果物や野菜においては、健康的な体重の達成と維持に多かれ少なかれ有益でしょう。私たちは、繊維含有量の高い低グリセミック負荷の果物と野菜をより多く消費することは、健康的な体重とより強く関係があると仮定した。

 

検証方法と発見

私たちは、アメリカ人男性と女性合計133,468人に対して、大規模な3つの前向きコホート研究による、特定の果物と野菜の摂取量と体重変化の関係を調査した。1986年から2010年まで、これらの関係は、複数の4年間以内の間隔で調査し、同時にそれ以外のライフスタイルの変化である、身体活動と喫煙状況とダイエットという他の要素も調査した。結果は、ランダム効果メタ分析を用いて結合した。果物の摂取量の増加は、4年間の体重変化と反比例の関係が見られた。果物全体で、1日当たり-0.53ポンド(95% CI -0.61, -0.44)、ベリー系-1.11ポンド(95% CI -1.45, -0.78)、リンゴ/-1.24ポンド(95% CI -1.62, -0.86)。いくつかの野菜の摂取量の増加は、体重変化と反比例の関係が見られた。野菜全体で、1日当たり-0.25ポンド(95% CI -0.35, -0.14)、豆腐/大豆-2.47ポンド (95% CI, -3.09 to -1.85 lb)、カリフラワー-1.37ポンド (95% CI -2.27, -0.47)。一方、とうもろこし、えんどう豆、ジャガイモなどのでんぷん質の野菜は、体重を増加させた。繊維含有量の高い低グリセミック負荷の野菜は、繊維含有量の低い高グリセミック負荷の野菜と比べて、体重変化と強い反比例の関係が見られた(p < 0.0001)。私たちの分析で、カギとなる交絡因子の測定をしたが、残りの交絡因子の可能性を除外できず、私たちの食べ物は詳しいポーションサイズの質問を頻出させているが、ダイエットに関するいくつかの測定方法は測定誤差を含んでいる。

 

結論

果物とでんぷん質でない野菜の消費量の増加は、体重変化に反比例し、これらの食品の他の特性が体重変化に大きく影響することを示している。

 

とてもわかりやすいグラフがあったので使わせてもらいました。


でんぷんの多い野菜を食べると太るそうです。やっぱり太るのはでんぷんなんですね。肉をたくさん食べる人より、炭水化物をたくさん食べている人のほうが太っている印象があります。太らないためには、でんぷんの少ない野菜を食べないとダメみたいです。野菜だからセーフとか思って、とうもろこしとかジャガイモばかり食べてると太りますよ。気をつけてください。