2018・11・28の日記

またひきこもり状態に戻ってしまった。作業所を休むようになってから外出をしなくなってしまった。まあ作業所に通っていたころも作業所以外に外出なんてしていなかったのだが。

ひきこもりで働けるようになるならひきこもりでも構わないのだけれど、全然ひきこもりで稼げるようになるビジョンが見えない。一応クラウドワークスで仕事をこなしてみてはいるけれど、これで生計が成り立つようになるとは到底思えない。やっぱり自分でウェブサイトを作って収入を得られるようにしなければ難しいだろう。

作りたいと思っているウェブサイトはあるけれど、これを作って本当に役に立つのかとか、これを作って見に来る人なんているのかとか、全然やる気が出てこなくてまったく前に進まない。なまけていると言われるかもしれないけど、そんなことはないと思ってる。

こうやって文章を書くことも簡単なことではないし、クラウドワークスで仕事をするのも簡単なことではない。家の掃除とか料理とか雑用とかある程度手伝っているし、ゲームばっかりして遊んでいるわけではない。(ゲームも遊んでいるだけではお金にならないけど、RMTで売れるアイテムを手に入れたり、攻略サイトを作ったりすれば収入になる)

なんとか家で生きていけないかと日々模索しているけれど、今のところ、これならいけそう!というめどは立っていない。たぶん本気でやればウェブサイトを作って生きて行くことは可能なのだと思うけれど、いまいち全力でその方向へ向かっていけない。

なまけているわけではないと自分では思っているけれど、もしかしたらなまけているだけなのかもしれない。たしかに自分がやりたいと思っているウェブサイトの作製とか、ゲームの作製とか、記事の作製とか全然進んでいない。やればいいだけのはずなのに進まない。何をすればいいかだいたいわかっているけれど前に進まない。

これは鬱でそうなっているのか、なまけているだけなのか、よくわからない。今は鬱の診断は受けていないし、薬も飲んでいない。昔鬱になりかけているという診断を受けたことがあるけれど、自分では鬱になっていると思わなかったし、薬を飲んだら体調が悪くなっただけだったので、鬱ではなかったと思ってる。

でも最近悲しくなったり辛くなったりして泣くことがあるので、軽い鬱になっているのかもしれないと考えるようになってきた。

今飲んでいるのは精神の軽めの薬だけなので、もしかしたら別の薬が必要なのかもしれない。(薬なしで治せるならそれに越したことはないけど)

なんとかやる気が手に入らないだろうか。受験勉強してた頃とか部活してた頃は、それ以外のことを何もしなくても我慢できたのに、今はすぐに集中力が切れるようになってしまった。これは年齢のせいなのか、病気のせいなのか、環境のせいなのか、何が理由なのだろう。

やる気を手に入れたい。

クラウドワークスで仕事をしてみた【時給】【労働時間】

在宅ワークのサイトとして有名なクラウドワークスで、簡単なタスク系の仕事を1週間こなしてみました。

 

得た報酬の画像がこちらです。仕事内容は一応モザイクをかけました。

 

 

 

 

労働時間

労働時間は内容によって異なり、早いものであれば1分以内、長いものは30分くらいかかりました。感想を書くだけのものだと数分あれば終わりますが、長めのアンケートに答えるものだと時間がかかりました。

 

仕事内容

仕事内容はアンケートに回答するものが1番多く、「新商品に関して感想をお願いします」とか、「ウェブサイトを見て感想を教えてください」とかありました。中には「あなたの心のとらえ方に関する調査」という大学が調査している心理学のアンケートもありました。大学の研究でアンケートをとるためにクラウドワークスを利用するケースもあるようです。私は3つくらい大学からのアンケートに答えました。

 

次に企業などのデータを入力する作業が多かったです。電話番号とか利用料金を検索してきてGoogleのスプレッドシートに書き込んでいく作業でした。書き込む内容はネットで検索すれば出てくるものなので、すぐにできるものでした。本当にすぐ終わりました。めちゃ簡単。

 

他にも、ゲームをプレイしてレビューを書くもの、、本の感想を書くもの、映画の感想を書くもの、元の文章を読んで内容をリライトするもの、ツイッターのキャンペーンをリツイートするものもありました。

 

最も変わっていると思ったのが「画像に関する質問に答える」というもので、お酒の画像が表示されて、ひたすら種類を選別してくというものでした。作業していて、心が無になりました。お酒の種類ってたくさんあるんだな~と思いました。(お酒と一緒に人が写っているものがあり、肖像権的にマズいのでは…と思いました。)

 

 

金額

作業による報酬金額は様々で、安いものは1円、高いものは100円くらいでした。だいたい簡単な作業は10円以下のものが多いです。まぁすぐ終わりますからね、安いのは仕方ないです。大学が実施しているアンケートは比較的高単価のものが多かったように思いました。あと、時間が長くかかるものほど金額は高めに設定されていました。

 

1週間の合計報酬金額は614でした。作業をしたけれどまだ支払われていないものもあるので、これより数十円高い金額が実際の1週間の報酬になります。

 

 

時給

時給はおそらく、30くらいです。作業時間自体は短いのでこれより多い可能性もありますが、仕事を探すために検索する時間が必要なので「作業している時間+仕事を探す時間=労働時間」だと考えると、これくらいになると思いました。破格の安さですね。

 

やはり、まとまった金額で報酬を得たいなら、個別の案件(単価が5000円とかの多くの作業を1度にまとめて依頼してある仕事)を引き受けなければいけないと思いました。小さな金額の仕事で数をこなしていても、報酬は増えないですね。

 

 

感想

最初の頃は何をしているのかよくわからないまま作業をしていましたが、1週間もするとだいたい何をすればいいのかよくわかるようになりました。クライアントがどういう考えで依頼を出されて、クラウドワーカーにどんな方々がいらっしゃるのか、なんとなくわかってきました。

 

パソコンで作業をしていると、画面の向こうに人がいることを忘れてしまいがちですが、自分は仕事を依頼されて仕事を引き受けているんだという意識をしっかりもたなくてはいけないと思いました。パソコンをずっと見続けているので、ゲームをしているような感覚になってしまいますが、しっかりと気を引き締めて仕事はしなければいけないと思いました。

 

今後も引き続きクラウドワークスで仕事をさせていただこうと思います。

他人の自撮り

越えちゃいけないライン、考えろよ。

 

乙武洋匡氏がツイートした有名なセリフだ。

この発言はニコ生主の暴言がきっかけらしいが、私はその話は詳しく知らない

私が話したいのは乙武洋匡氏を怒らせた件についてではなくて、この言葉の意味についてだ。

 

越えちゃいけないラインとは、どういうものだろう。

 

私はツイッターをしていて、1つだけ必ず守っているルールがある。

 

それは他人の自撮り画像を保存しないことだ。

 

ツイッターにはときどき自撮り画像がアップされる。私がフォローしているアカウントの多くは、病気がちだったり、精神的に病んでいるアカウントが多い。中には鍵をかけているアカウントもある。

 

自撮り画像をアップするアカウントは、多くの場合が鍵垢だ。鍵をかけていないアカウントが自撮り画像をアップすることもあるが、少数派だ。私のツイッター歴は2年ほどで、それほど長くないが、この傾向は昔から変わっていないのではないかと思う。

 

私はツイッターで気に入った画像を見つけると、よく保存する。保存している画像は絵だったり写真だったり様々で、笑えるものだったり勉強になるものだったりする。あと、個人が適当に鉛筆で描いた絵が好きで、よく保存している。上手いものも下手なものも、保存したくなってしまう。保存したくなる理由はうまく説明できないけど、同級生の教科書の落書きを見る感覚に近い。どこに着目して、何を考えて、どんな表現をしているのか知りたいからだ。

 

ツイッターは情報収集のために使うこともあるけど、基本的には他人の生活や思考を覗き見るために使っている。覗き見るというと嫌な表現だが、多かれ少なかれツイッターの利用者は覗きをしているし、他人から覗かれている。生きていくためには、自分をアピールしなければいけないし、相手のアピールを見なければいけない。リアルな場所でそれを行うか、ネット空間でそれを行うかの違いでしかない。誰しも世間の目から逃れることはできない。それが変なことだとは思わないし、当たり前のことだと思っている。

 

ネットは基本的に匿名で利用する人が多いので、本名や生年月日などのプライベートな情報を見せている人はそれほど多くない。検索すればすぐに本名がでてくるようなアカウントでも、アカウント名を本名にしていないケースが多い。理由はおそらく、メリットがないからだろう。わざわざ本名を名乗る必要がないなら、本当の自分ではない仮の自分をネットに存在させておきたいという気持ちを、誰しも抱いているのだろう。

 

顔も違う、名前も違う、かりそめの自分をネットに存在させて、自分がどんな人間なのかを確かめる。周りからどんな人間に見られるのか確かめる。そういう風に利用するのが、もともとのネット空間の役割だろう。

 

そんな中、自撮り画像をアップするアカウントがある。「顔」という人間を識別するのに最もわかりやすいものを、わざわざツイッターで公開する。これはどんな心理なのだろうか。

 

かりそめの自分ではない、本当の自分を認めてほしい。

 

これは相当勇気がいる行為だ。アカウントに鍵をかけるくらい羞恥心や猜疑心が強いのに、超個人情報である「顔」を見せる。思い切って1歩踏み出した結果だ。

 

そんなアカウントを私は覗いている。私には何の損もないし、ダメージもない。そこにあるのは自撮り画像を上げた本人の精神的負担だけだ。いい方向に転ぶか、悪い方向に転ぶか、どうなるかわからない。フォロワーの対応次第でいかようにもなり得る。

 

私は自撮り画像をいつも保存したくなる。この上ないほどの個人情報だからだ。鍵をかけるほどのアカウントが顔を晒している。決定的瞬間だ。これを逃したらチャンスはもうないかもしれない。今しかない。やるしかない。

 

でも保存しない。越えてはいけないラインだと思っている。

 

保存したところで本人にはばれないし、誰に迷惑がかかるわけでもない。でも保存しない。相手に対して守らなければいけないルールだと思っている。他人の自撮り画像を保存して楽しんでいる人は、かなり気持ち悪いと思う。でも、気持ちはわからないではない。他人のプライベートを覗き見るのは快楽だからだ。退屈な人生を癒してくれる一服の清涼剤。芸能人のゴシップがお金になるように、他人のプライベートを覗き見るのは楽しい。

 

でも私は自撮り画像を保存しない。他人の自撮り画像を見て楽しんでいる自分も見たくない。これは私のプライドだ。

 

誰にも越えちゃいけないラインがあると思う。人それぞれ。

 

たまにラインを踏み越えられたり、踏み越えてしまうこともあるけど、なんだかんだ仲良くやれたらそれでいい。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

誰か私の自撮り画像買ってくれないかな(・∀・)

家の中で働く

まともに生きるのはもう諦めた。精神的に疲弊してしまって外出ができなくなるので、就活もできないしバイトもできない。家でお金が稼げるのならそれが1番良い。新卒で入った会社の初任給は、確か215,000円だった。もうそんな月給とかいらないから、生活できる最低限度のお金を得て、家の中で生活したい。

 

家の中でお金なんて稼げるのか?

体が衰えて家でも仕事ができなくなったらどうする?

病気になったらどうする?

 

そんなことはわからない。未来のことなんてわからない。

でも1つだけ思うのは、家の外に出て働くのは苦し過ぎる。これ以上のつらさはない。とにかく家の外に出たくない。人とかかわるのがつらい。なるべく人に近づきたくない。

家の外で働かなかったことが原因で、どんなことが起きても、仕方ないと割り切ろうと思う。家の外で働かなくてよいという自由が手に入るなら、これ以上の幸せはない。自分で決めたことだし、その責任は取らないといけない。

 

幸せって何だろうか。今の自分にとって最大の幸せは、間違いなく、家の外に出なくて済むことだ。

月給をもらって働いている会社員なら、休日に友達と遊んだり、恋人と一緒に過ごしたり、趣味に打ち込んだりするのが幸せなのだろう。でも、今の自分にはその幸せは手に入りそうにないし、手に入れたいという気持ちにもならない。これを無気力と言うのだろうか。何をしてもプラスに好転する気がしない。何をしても上手くいくイメージがわかない。自分の欲求が、家の外で働きたくないという感情でいっぱいになっているから、こういう考えになっているのかもしれない。

 

家の中で働くにはどうすればいいだろうか。

とりあえず、こうして自分のウェブサイトを作ってみたけれど、ここからどうやってお金を増やせるようにしていけばいいのかわからない。

以前、無料のブログを作ってアフィリエイトをやってみたけれど、ほとんど利益は出なかった。(まぁ真面目にアフィリエイトに取り組んでいたわけではないけど、、、)

ネットで稼ぐ方法がたくさんあるのは知っている。しかし、ネットで稼ぐのはとても難しい。利益を出そうとしてもうまくいかなかった人の話は、ネットにあふれている。

でも、私が得たいのは大金ではなくて、最低限生活できるお金なので、それほどハードルは高くないと思ってる。

 

私が大学院生だった頃、学部で就職した同級生がボーナスで60万円もらったという話を聞いた。

そんなにもらえるのか、、、多いな、、、と思ったけど、私が就職していればきっと同じように貰えたはずだ。

 

でも、私にボーナスが貰える日は来なかった。就職したけれど、まったく続かなかった。すぐ辞めてしまった。

 

私がネットで60万円稼げる日はいつになるのだろうか。そんな日は来るのだろうか。

 

 

これが幸せなのか?

 

プールで歩く

憂鬱なときって何をすればいいのだろう。

 

だいたい何も手につかないし、ネットで動画をあさってみても感情が動かない。音楽を聴いてみてもテンションが上がらない。プールで歩いているみたいに、なかなか前に進まない。

 

私はかなづちなので、プールの時間はいつも泳がないで歩いていた。周りの同級生達が楽しそうに泳いでいる中、私はゆっくりと歩いていた。

 

水が怖くて、小学6年生になるまでプールにもぐることもできなかった。いつも先生が「プールに入ったらまず全身を水で濡らしましょう。プールにもぐりましょう。」と言っていた。私はできなかったので、同級生がプールにもぐるのを眺めていた。先生の合図で一斉にもぐるので、その瞬間だけ、プールから体をだしているのは私だけになる。私がもぐらなら叩かれているだろう。

 

そのあと順番に泳いでいくのだが、私は泳げないのでいつも歩いていた。1人だけ歩いていると、私の列だけ遅れてしまうので、私だけ少し横に外れて歩いていた。同級生が私の横を猛スピードで泳いでいく姿を眺めながら、1人で歩いていた。

 

泳ぐ時間が終わって自由時間が始まると、同級生達はプールで鬼ごっこを始める。泳ぎの速い人は全然捕まらないので鬼にならない。端のほうに追い込まれて、これでいよいよ捕まるぞ、と思った瞬間に理解できないような動きで逃げてしまう。私はそんな姿を眺めながら、邪魔にならないようにプールを歩いていた。

 

歩いているときは時間の流れがゆっくりだ。周りはせわしなく動いているのに、自分だけゆっくり歩いている。自分でゆっくりしようと決めているわけではないのに、どう頑張ってもゆっくりになる。プールでは速く歩けない。これは物理の法則なので、変えようがない。

 

 

 

自分では頑張っているつもりなのに、取り残されてしまう。自分だけできない。列から外される。速く進めない。置いてけぼり。

 

憂鬱な時間もそんなものだろう。ゆっくりしたいと思っていないのに、ゆっくりになってしまう。周りに追いつきたい追いかけたいと思っているのにできない。ああしたい、こうしたい、という感情とは裏腹に、行動に結びつかない。泳ぎたいのに泳げない。

 

 

 

でも、プールの時間は長くない。プールから上がってしまえば、いつもと同じように歩くことができる。周りと変わらないスピードで過ごすことができる。鬼ごっこも参加できるし、列から外れる必要もない。

 

プールで泳げるようになる必要なんてない。憂鬱な時間に無理をする必要はない。ゆっくり過ごせばいい。

 

焦らないでプールで歩こう。