プールで歩く

憂鬱なときって何をすればいいのだろう。

 

だいたい何も手につかないし、ネットで動画をあさってみても感情が動かない。音楽を聴いてみてもテンションが上がらない。プールで歩いているみたいに、なかなか前に進まない。

 

私はかなづちなので、プールの時間はいつも泳がないで歩いていた。周りの同級生達が楽しそうに泳いでいる中、私はゆっくりと歩いていた。

 

水が怖くて、小学6年生になるまでプールにもぐることもできなかった。いつも先生が「プールに入ったらまず全身を水で濡らしましょう。プールにもぐりましょう。」と言っていた。私はできなかったので、同級生がプールにもぐるのを眺めていた。先生の合図で一斉にもぐるので、その瞬間だけ、プールから体をだしているのは私だけになる。私がもぐらなら叩かれているだろう。

 

そのあと順番に泳いでいくのだが、私は泳げないのでいつも歩いていた。1人だけ歩いていると、私の列だけ遅れてしまうので、私だけ少し横に外れて歩いていた。同級生が私の横を猛スピードで泳いでいく姿を眺めながら、1人で歩いていた。

 

泳ぐ時間が終わって自由時間が始まると、同級生達はプールで鬼ごっこを始める。泳ぎの速い人は全然捕まらないので鬼にならない。端のほうに追い込まれて、これでいよいよ捕まるぞ、と思った瞬間に理解できないような動きで逃げてしまう。私はそんな姿を眺めながら、邪魔にならないようにプールを歩いていた。

 

歩いているときは時間の流れがゆっくりだ。周りはせわしなく動いているのに、自分だけゆっくり歩いている。自分でゆっくりしようと決めているわけではないのに、どう頑張ってもゆっくりになる。プールでは速く歩けない。これは物理の法則なので、変えようがない。

 

 

 

自分では頑張っているつもりなのに、取り残されてしまう。自分だけできない。列から外される。速く進めない。置いてけぼり。

 

憂鬱な時間もそんなものだろう。ゆっくりしたいと思っていないのに、ゆっくりになってしまう。周りに追いつきたい追いかけたいと思っているのにできない。ああしたい、こうしたい、という感情とは裏腹に、行動に結びつかない。泳ぎたいのに泳げない。

 

 

 

でも、プールの時間は長くない。プールから上がってしまえば、いつもと同じように歩くことができる。周りと変わらないスピードで過ごすことができる。鬼ごっこも参加できるし、列から外れる必要もない。

 

プールで泳げるようになる必要なんてない。憂鬱な時間に無理をする必要はない。ゆっくり過ごせばいい。

 

焦らないでプールで歩こう。

 

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